1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
  11 ,2017

ビジネス、心理、マーケティングを軸にいろいろなニュースや事象を分析します


プロフィール

なおゆき

Author:なおゆき
Web広告代理店でシステムエンジニアをしています。
セルフイメージはProblem Analyzer(問題を分析する人)。

このブログでは、IT を中心に
新ビジネスのニュースや現場でよくある問題について
分析します。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード
--

Category: スポンサー広告

Tags: ---

 

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

10

Category: コミュニケーション

Tags: ---

Comment: 0  Trackback: 0

人が情報を信じるとき~(宣伝会議から)~
実際には接点が薄いのだが、所属している会社のビジネスから
宣伝会議という雑誌をときどき読む。

宣伝会議

そこで科学者が伝えた原発に関する情報が信用されなかった理由と
情報が信用されるケースがまとまっていた。

簡単に言うと、内容の正誤ではなく発信している人そのものを見ているとのこと。
つまり、正しい情報を提供するだけでは足りず、「誰が発信しているか」が
重視されたと結論している。

これには全く同意する。
あらためてぼくが考えていたことをまとめる。



あのころ、普通の人たちが気にかけていた「問い」、「自分たちの安全はどうなの?」に対して
行動につながる判断材料をほとんどの科学者は提供できていなかった。
具体的に言うと、当時のテレビでつっ込んだ質問をされたほとんどの科学者は、
既に述べた経緯を繰り返すにとどめていた。
(テレビの前で「質問の回答になってない」と何度言ったことか…)

そうすると「こいつは聞きたいことに応えてくれない」→「信頼できない」となる。
要は言い方がまずかったため、信頼を失った形だ。

これは東浩紀さんのつぶやき自然言語にはコンスタティブな真理値とは別に
パフォーマティブな効果がある
、とはこのことではないかと推測する。



また、科学者たちの根本的な姿勢にも、潜在的な問題があると思う。
  keigomi29さんの(普通の)科学者と(三流)ジャーナリストの違いに関するツイートのまとめ。
当時はマスコミがあまりにひどかったため、その比較で拍手喝さいをあびた。

しかし、
  【10】 (普通の)科学者は話を聞いて理解できないのは自分の知識が足りないからだと考える。
  【11】 (普通の)科学者は分からなければ勉強する。
という態度は、「知識があれば判断できる」という前提に立っている。
知識は断片的なままではただのデータに過ぎず、加工して情報にしないと判断できない。

この加工する力に専門的な経験が必要な場合、
技術的なことを言われても判断材料にはならない。

この前提を見誤った結果、科学者たちは事実と知識のみを提供し続けたと推測する。
そうして、一般の人たちから信用を得られずに
科学者たちは有意義な情報を提供する人たちの脇役となった。



まとめよう。

①コミュニケーション=真実×言い方
 専門外の人たちは「言い方」の部分を見て、信頼できるか判断する。
②専門外の人たちとのコミュニケーションに、事実や知識だけでは不十分。
 なんらかの行動をおこすのに必要なレベルまで踏み込んだ見解を提供しなければならない。

これ、上司と話すのに必要な心構えかも。
要注意。
スポンサーサイト

テーマ : 思ったこと・感じたこと    ジャンル : 日記

Comments

Leave a Comment

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。